文学の中のインテリア 02|コレット『Le Toutounier(ル・トゥトゥニエ)』
2026年11月02日
BOOK CLUB
02|コレット『Le Toutounier(ル・トゥトゥニエ)』
文学の中のインテリア
人生の記憶を受け止める、大きなソファー
フランスの女性作家コレットが1939年に発表した『Le Toutounier』。
この作品には、姉妹たちが幼い頃から親しんできた、大きな革張りのソファーが登場します。
「トゥトゥニエ」と呼ばれるそのソファーは、単なる家具ではありません。
姉妹たちの人生や思い出が積み重なった、特別な場所なのです。
主人公のアリスは、夫を亡くし、
複雑な思いを抱えながら、かつて姉妹たちと暮らしたパリの家に戻ってきます。
そこには、子どもの頃から変わらない大きなソファーがありました。
コレットは、アリスがそのソファーに再会する瞬間を、こんなふうに描いています。

原文から
*Sans avoir besoin d’y penser, elle fit « ventre creux » pour passer entre la demi-queue du piano et le mur, et elle reprit contact d’une manière originelle avec le grand canapé, c’est-à-dire qu’elle s’assit en amazone sur le dossier capitonné, bascula et se laissa rouler sur le siège.*
日本語訳
何も考えることなく、アリスは
グランドピアノの後部と壁の間を通り抜けるために、すっとお腹を引っ込めた。
そして、昔から慣れ親しんだやり方で、大きなソファーとの再会を果たした。
まず、低くクッションの張られた背もたれに横向きに腰をかける。
それから身体を後ろへ傾け、そのまま座面へと転がり落ちるのだった。

身体が覚えている、懐かしい場所
この一節が、私はとても好きです。
ピアノと壁の間を通るとき、無意識にお腹を引っ込める仕草。
ソファーに普通に腰かけるのではなく、
昔と同じように背もたれに横向きに座り、そのまま転がり落ちるように身を預ける仕草。
何年も離れていた場所なのに、身体はその家の間取りも、
家具との距離も、ソファーの座り方さえも覚えているのです。
コレットはここで、アリスが懐かしいと感じた、とは書きません。
ただ、彼女の身体の動きを細かく描写するだけ。
それなのに、そこに流れていた長い年月や、子どもの頃の親密な時間までが伝わってきます。
色や匂い、肌触りまで描くコレット
コレットの文章はフランス人らしい、
色、光、匂い、肌触りといった、五感に訴える描写が数多く登場します。
古い革の冷たさや柔らかさ、長い年月のうちに染み込んだ煙草や髪の匂い。
家具の傷みや、布の質感、部屋に漂う空気。
そうした細かな描写を通して、
登場人物の感情や、そこに積み重なった時間が浮かび上がってきます。
この感覚は、フランスの暮らしやインテリアの楽しみ方にも通じているように思います。
古い家具を、ただ古いからという理由で手放すのではなく、
使い続けることで生まれる風合いや、その家具とともに過ごした時間を大切にすること。
美しさとは、新しく整っていることだけではないのです。

家具は、インテリアの飾りではない
私たちはインテリアを考えるとき、
つい色の組み合わせや家具のデザイン、部屋全体の美しさに目を向けがちです。
もちろん、それもインテリアの大切な楽しみです。
けれども、家具は単に部屋を美しく飾るため、よりもっと大切な役割があるのです。
『家具は、そこで暮らす人の人生や記憶、思い出を受け止めるもの。』
なかでもソファーには、特別な力があるように思います。
家族みんなでゲームをして、大笑いした夜。
学校で嫌なことがあって、しょんぼり帰ってきた子どもの後ろ姿。
悲しいことがあって、誰とも話したくない日。うれしい知らせを聞いて、思わず飛び跳ねた日。
疲れて帰ってきて、何も考えずに、とりあえず一旦座る場所。
楽しいことも、苦しいことも、泣いた日のことも。
ソファーは何も言わず、ただそこにあって、私たちを受け止めてくれます。
一人で静かに過ごす場所にもなれば、家族が自然と集まる場所にもなる。
同じソファーでも、
座る人や、その日の気持ちによって、まったく違う場所になるのです。

時間とともに美しくなる家具
『Le Toutounier』のソファーは、決して新しい家具ではありません。
長い年月を経た革張りの、大きなソファーです。
けれども、姉妹たちにとっては、どんな新しい家具にも代えられない存在です。
なぜなら、そこには家族と過ごした時間があるから。
革が柔らかくなり、クッションに身体のくせが残り、
使い込まれた家具には、少しずつその家らしさが宿っていきます。
私たちが長く使える家具や、
時を経て美しくなる素材を大切にしたいと考えるのも、そんな理由からです。
家具は、買ったときが完成ではありません。
そこで暮らす人と一緒に、少しずつ育っていくものなのだと思います。

いつでも帰ってこられる場所
『Le Toutounier』の姉妹たちは、大人になり、それぞれ違う人生を歩んでいます。
恋愛に傷つき、悩み、ときには孤独を感じながらも、
昔の家に戻れば、そこには変わらないソファーがあります。
アリスが何も考えず、昔と同じ仕草でソファーに転がり込む場面には、
言葉にしなくても伝わる安心感があります。
皆さんにも、子どもの頃から忘れられない家具はありますか?
実家にあったソファーや、いつも誰かが座っていた椅子。
かくれんぼした大きな家具。
遠くなった甘い記憶も、できれば忘れてしまいたい苦い記憶も。
その家具を思い出すと、
部屋の色や匂い、家族の声までよみがえってくることはないでしょうか。
そして、今私たちが選ぶソファーも、10年後、20年後には、
家族のさまざまな思い出を受け止めた、かけがえのない場所になっているはずです。
そんなインテリアの選び方もすてきですよね。
Blanc de Juillet編集部
芦屋にある直輸入インテリアショップBlanc de Juillet。 フレンチインテリアをもっと身近に感じていただきたいとの思いから、 アイテムの使い方~コーディネートまで幅広い情報をお届けします。
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